金融経済の専門家の方々のご意見
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第103回目】
Q:150
日本のタオル業界が、繊維セーフガード(緊急輸入制限措置)を政府に申請するこ
とにしたようです。この問題をどう考えればいいのでしょうか?
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■ 山崎元:三和総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所顧問
ボクシングでは、劣勢な選手のセコンドが選手のダメージ回避のために、選手に代
わって試合を放棄する意思表示をする場合にリングにタオルを投げ入れることがあり
ます。タオル業界と聞いて、何となく思い出しました。どちらもダメージを回避する
ための行為です。但し、ボクシングの場合は、潔く負けを認める行為ですが、タオル
業界の繊維セーフガード申請は負けを延期するためのものです。後者は、WTOのル
ールで認められているものとはいえ、あまりフェアな印象を持てません。
繊維セーフガード自体は有効期間3年間で輸入量の急増を抑えるという程度のあま
り強くない保護措置のようですが、この措置が有効であるための条件を考えてみま
しょう。例えばこの3年間に、タオル業界が製品の差別化の面か製造コスト面で十分
な競争力を持ち、規制解除後に、別種の製品のマーケットを確立するか、同一品質の
タオルを輸入品に負けない低価格で供給できるようになるのだとすると、善し悪しは
ともかく、この規制措置には「意味がある」と言えるでしょう。
タオル業界は、この時間的余裕によって競争力の改善が可能であることを説得的に
説明する必要があります。これは最低条件と言うべきであり、全てはそれからです。
ただ、筆者個人の印象としては、彼我の人件費コストの圧倒的な差と、輸出国(中国)
側でも今後技術改善があることを考えると、繊維セーフガードによってタオル業界に
時間を貸すことに意味があるとは想像しにくいところです。
前記の改善の可能性が立証できたとしても、それだけで繊維セーフガードの発動が
望ましいものであるとは言えません。輸入物の安いタオルを買えない消費者は少なく
ともなにがしか損を被るのであり、この措置のコスト負担者は消費者です。タオルに
限らず、規制によって消費者の負担するコスト額は明示的に示される必要があるで
しょう。これが許容できるかどうか、さらにこのデメリットに見合うメリットがある
かどうかという社会的な価値判断をしなければなりません。加えて、こうした貿易制
限措置が他の製品や、他の国に波及する可能性や、そのデメリットも考えなければな
りません。この件について、国民投票を実施することは非現実的なので、社会的な価
値判断を直接確定する手続きは困難ですが、困難ではあっても十分に検討する必要は
あります。
ところで、発想を変えて、タオル業界ではなく、職を失うタオル業界の従事者の生
活に幾らかのサポートを与えるという選択肢と比較してみるとどうでしょうか。消費
者へのデメリットはありませんし、他の製品・国への輸入制限の波及のデメリットを
心配する必要もありません。また、繊維セーフガードの3年間で日本のタオル業界が
十分な競争力を持てないとすれば、資本や労働力といった資源をタオル業界に残すこ
とをサポートする輸入制限よりも、転業を促進するサポートを考える方がずっといい
のではないでしょうか。
ところで、こういう問題については、「(国際的な)ルールで認められている」と
か「外国(米国)でも事例がある」といった論拠にならないポイントをしたり顔で説
く下品な論者がしばしば登場します。もちろん、ルールで認められていることを正し
く適用する限りに於いてこれを無理矢理止めることは出来ません。しかし、ルール自
体の正しさを問う視点も重要ですし、形式として認められることでも社会的には支持
しないという意思表示を明確に行うことも大切でしょう。
過去、日本では農業、建設業、金融・保険業など多くの対外的競争力を欠いた業種
について、資源の再配分を遅らせるような規制を消費者にコストを負担させて行って
きました。これらの多くは、業種の従事者への社会的同情を利用して、業界の関係者
に正当でない(フェアな競争によるものでないという意味で)利益を配分した行為と
いえるでしょう。
経済全体の効率を速やかに改善するためには少なくとも保護を業種や製品の単位で
行うべきではないと思います。失業保険のような制度はモラルハザードを助長する面
があるので、手段と程度を考慮する必要がありますが、何らかの保護措置を行うとし
ても、業種や製品、或いは会社にではなく、人に対してのみこれを適用するべきでし
ょう。
タオル業界の申請の様子を見て、別の製品でもセーフガードを申請しようと目論む
向きがあるようですが、こうした連中には「顔を洗って出直せ」と言いたいと思いま
す。自分が顔を拭くタオルは安く買える方がいいことが分かる。良い製品を安く供給
する人々に対しては、国を問わずにもっと敬意を払うべきではないでしょうか。
三和総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所顧問:山崎元
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■ 津田栄:ドイチェ・アセット・マネジメント
この問題は、日本が本当に構造改革を行う気があるのか、貿易自由化とグローバル
化を積極的に受け入れていくつもりがあるのかという問いに対する日本の回答を、世
界が見つめている問題といえます。この回答によっては、今世界が日本に持っている
期待を踏みにじり、改めて日本に失望することにもなり得ます。
さて、世界のタオル製品の品質レベルは、向上しており、これに対応して日本の業
界が競争力を強化できたとは思えません。また、資本と技術の急速な自由化とグロー
バル化のなかで、ブランドの構築と浸透による商品の差別化がはかれたということも
みられません。それなのに、中国などから品質のあまり変わらないタオルが大量にし
かも急速に輸入されるからといって繊維セーフガードを申請するのは、理屈が通りま
せん。
もともと、タオルの高付加価値化は薄く、産業の構造転換とともに東南アジアや中国
にタオル産業が移転していくはずが、産業の構造転換に乗り遅れたまま、日本に残っ
ているのが現実です。そこで、日本のタオル業界は、セーフガードを発動してもらい、
3年間の猶予のなかでなんとか改革したいとしていますが、これから再生し、低コス
ト・高品質の中国や東南アジアに対抗するのは、とても困難といえます。つまり、
セーフガード発動は、タオル業界の体質改善には寄与しないだけでなく、消費者の不
利益になる可能性大ということになります。
もし、セーフガード発動を認めるとしても、この発動が特定国を指定することを前
提としますから、最新鋭の機械を設置するだけで高品質のタオル製品は製造できるこ
とを考えると、対象国の中国からベトナムへ、あるいはマレーシアやミャンマー、
インド、パキスタンと人件費の安い生産地に変わっていくはずです。これでは、イタ
チごっこです。
一方、政府がタオル業界から申請される繊維セーフガードを許可すれば、消費者は
高い値段を払ってタオルを買わなければならないだけでなく、逆に日本の他の製品、
例えば日本にとって高品質で競争力のある機械や電気製品、ハイテク製品などについ
て中国や東南アジアなどから輸入制限など手痛い報復を受けることもあり得るといえ、
失うものが大きすぎるのではないでしょうか。
最近、「悪い輸入」とか「良い輸入」とかに区別してこのセーフガード発動を正当化
しようとする大手繊維会社の会長がいますが、輸入に良いも悪いもないだろうと思い
ます。消費者の視点に立てば、安くて品質のいい製品の輸入が増えるのが当然です。
それを急増する輸入製品のなかで悪いものを、このセーフガード発動をもって、排除
することが消費者の利益だというのは消費者の目を信じていないことになります。
消費者が、自分の判断で、値段、品質などを基準に輸入製品を選択し、その結果悪い
製品は自然に売れなくなるはずです。すなわち、ここに消費者の選択による競争原理
が働き、粗悪品は淘汰され、安くて、品質の良い製品が売れるということであり、そ
れが、規制のない競争のある社会であるはずです。
今回、この問題がクローズアップされた理由に、繊維セーフガードの申請がゆるく
なっている事実があります。この1月に、セーフガード発動の条件として求めていた、
申請する業界の経営改善に向けたリストラ計画等の提出を、外しました。今年、参議
院選を控えて、自民党などの圧力で経済産業省が慎重姿勢から転換したとみられます。
ましてや、民主党も業界への支援を検討する始末です。政治家も、官庁も誰に向いて
政策を行おうとしているのか、甚だ疑問を感じるところです。
今回のタオル業界のセーフガード申請の先には、タオル以外のニットやアパレルな
どの繊維製品などが焦点となっています。「ユニクロ」で有名なファーストリテイリ
ングなどの国内の企業が、中国などで高品質、低価格の製品を生産し、国内に輸入し
て消費者に販売しています。この場合、日本企業は、競争力のある製品を海外で生産
できることに注目、技術と資本のグローバル化に対応した動きを行うことで、消費者
に高品質低価格の製品を供給すると同時に、企業の発展にもつながっています。
それなのに、日本に残っていて、競争力のある製品開発や体質改善もしてこなかった
企業を保護し、その結果、価格が上昇しても良いというのは不合理ではないでしょう
か。私の妻は、ユニクロ製品が今の値段の2倍になれば、買わないだろうと言ってい
ます。このことは、ほとんどの消費者の意見ではないかと思いますが、これからみて
も、消費者の利益にはならないはずです。
また、企業自身も発展の芽をつまれ、結局は、規制により、消えていくことになりま
す。そして、申請した業界や、国内で生産する企業も、世界の中で競争力を失い、い
ずれは沈滞して力を失っていくことになります。結局、規制は、競争力を削ぎ、企業
も消費者も不利益を蒙るだけです。
個人的に、タオル業界や繊維業界に生活の糧を置いている人たちの苦しみは理解で
きますが、そのために消費者の不利益になるような規制を設けることに注力しても、
消費者の理解は得られません。そこで、彼らのために、一定の猶予期間を設けて、体
質改善や競争力強化となるような法的、税制的補助を制度化し、消費者と海外の理解
を得たほうが、得策のように思いますが、いかがでしょうか。
今回の問題は、依然として、構造改革の遅れを見せている企業や業界、また規制に
存在価値を見い出している行政や政治家が本当のグローバル化や自由化の意味を理解
していないことの証左であり、また、今後の規制のあり方や姿勢を占うものといえま
しょう。そして、経済の主体が消費者であるという事実、消費者の利益が経済の中心
であることを理解できているかどうかをこの問題が提起しているといえましょう。
ドイチェ・アセット・マネジメント:津田栄
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■ 米山章吾:投資信託委託会社 エコノミスト
セーフガードという制度自体は必要であると考えます。今回はタオル業界というこ
とでありますが、この制度は結果的、事実上、比較劣位産業に適用されることとなっ
ています。規制緩和、経済のグローバル化の進展によって比較劣位産業の規模は縮小
されていくことは避けられません。それら産業内における「過度な」混乱を防ぐ意味
では寧ろ必要なセーフティーネット制度であると考えます。
このセーフガードは期限付きで実施されます。従って輸入数量規制が延々と布かれ
る訳ではありませんので、このことによって国民の便益が延々と阻害される訳ではあ
りません。半永久的なものでしたら、貿易による便益を大きく損ないますのでセーフ
ガード制度は言語道断であります。若し、産業構造の急速な変化に伴う将来に対する
不確実性の増大が、当該産業以外に悪影響を齎すことであれば問題であります。
急速な貿易・産業構造の変革に伴う摩擦が、この前までのアメリカのように、かえ
って戦略的貿易理論の濫用や保護主義の発現を齎してしまう危険もあると考えられま
す。セーフガードを布くことによる便益の喪失の程度と、不確実性、経済組織の摩擦
による損失の比較衡量を考えなければならないでしょう。
またセーフガード適用産業においても個別企業の経営能力水準は異なっているでし
ょう。セーフガードが布かれている間に経営方針を再考し、活路を見出せる企業があ
れば、その企業は存続に値する重要な経済資源です。セーフガードが解除された段階
で再び輸入品の影響により破綻するような場合には、やはり市場から退出していただ
かなければなりません。場合によってはその産業全てが調整されることもあるでしょ
う。
仮りにセーフガードが布かれている「短い間」に経営を改善させられるのであれば、
輸入急増に直面する前段階や、その最中にも機敏に対応出来る企業である筈で、そも
そもセーフガード制度自体必要ないという見方も出来ますが、日本において比較劣位
産業に属する企業がグローバルに経営展開しているケースは少ないでしょう。従って
急速に変化するグローバル経済の動向を的確に把握できる企業は少ないと考えられま
す。存続すべき経済資源を確保するという点では、セーフガードが布かれている間に
認識を深めていただく、再考していただくチャンスを与えることはそれほど問題には
ならないと考えます。
ただし、セーフガード制度が単にモラルハザードを招来させたり、汚職の温床を作
ったりする可能性は完全には排除出来ません。また、セーフガード発動に絡んでは、
どうしても業界団体という存在が目立つことになり、そのことからロビー活動云々と
いう話になり易いのでしょう。それに対してはそれこそセーフガードを布いている政
府からの徹底した情報開示、説明努力で補うことが必要になるでしょう。
今般、金融機関の不良債権処理に関して一歩進んだ展開がなされようとしています。
実際にどのようになってくるかは分かりませんが、不良債権処理をここで一挙に解決
しようとすればデフレ圧力が高まることが想定されますし、それに対するセーフティ
ーネットも必要であるという議論も出ています(尤もそれが日銀に過度な皺寄せが生
じているようで、少々問題であるとは感じますが)。セーフティネットが用意されて
いることによって、寧ろ構造改革を進め易いという議論については、貿易摩擦問題に
関しても同様ではないでしょうか?
仮りに失われた10年の負の遺産である不良債権問題は一気に処理することは可能
であるとしても、比較優位劣位による国際貿易、産業構造変革圧力は、少なくとも私
が生きている間には延々と続く筈です。足許では不良債権問題の方が圧倒的に重要で
あるとは言えますが、自由貿易、市場主義経済体制の云々をする上では、セーフガー
ド制度やWTOに関する議論は重要なことになっていると思います。
この文章をしたためているところで、S&Pによる日本ソブリン債格下げの発表の
ニュースが流れてきました。その格下げの理由の中に、構造改革が遅々として進まな
いという点も含まれており、いよいよ先延ばしは出来ないといった感じになってきま
した。ただ、決して先延ばしを推奨する訳ではありませんが、このセーフガード制度
の問題も含め、焦り過ぎてやるべき議論がなされないままに、改革だけが先行するこ
とが果たして適当なことなのかどうかは疑問無しとしません。
投資信託委託会社 エコノミスト:米山章吾
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■ 読者からの回答
■ 中野健一郎:エコノミスト
セーフガードとは、輸入が急増することを防止する措置であり、その発動要請を受
けて国内の損害等を調査し、正当性が認められれば、輸入数量制限や関税引上げ措置
がとれます。
今回のセーフガードによってメリットを受ける人たちは、日本全国どこにでもある
一般的な服飾小売店や、卸売り、製造元などです。業界や組合の中でも多数を占める
方々です。一方、デメリットを受けるのは、ユニクロやしまむらなど人件費の安い中
国で生産し、日本に輸入して安く販売する会社です。この2社は、ともに従来では考
えられない程の安い価格で販売し、全国展開して業績を伸ばしています。
このケースでの対立点は、競争力の無い多数の企業を守るのか、それとも市場の原
理に基づいて競争を続け、敗れた企業にはリタイヤしてもらうかです。
企業間の競争によって、消費者は、より質の高いサービスを享受できます。グロー
バル・スタンダードの浸透や数々の規制緩和によって、あらゆる業種で正当な競争原
理が進行しています。
さて、セーフガードの発動によって、大多数の企業は本当に救われるのでしょうか。
競争力の無い企業に、この措置だけで救われるとはとても考えられません。この長引
く不況の中、多くの企業が倒産の憂き目に会い、また倒産まで至らなくても、多くの
企業が売上の縮小、得意先の債権の焦げ付きなど不安な状態が続いています。低利の
融資やリストラなどでやっとつないでいるのが現状です。いますぐ事業を辞めるまで
はいかなくても、ゆっくりと確実にその時期が近づいています。企業にとってこの
セーフガードは、再生策というよりも延命措置に近いものです。
さきのG7でも指摘された通り、政府は構造改革、不良債権処理など問題点がわ
かっているにもかかわらず、どれも先送りにしてしまい、それが景気回復を遅らせて
います。この問題は、多数を見殺しに出来ない政治的配慮から来ています。今後考え
なければならない問題としては、リタイヤする企業のその過程・方法と次へのステッ
プです。いたずらに先延ばしばかりしても問題は解決しません。構造改革の一環とし
て、サラリーマンや事業家に新しい価値観をアナウンスしていくべきです。この激し
い経済環境の変化の中では、一つの企業が20年サイクルで入れ変わっていくでしょ
う。そうなると、終身雇用の崩壊どころか、会社自体が無くなっては、また生まれて
きます。その中で各企業が時代に一番適した形態を作っていければいいと思います。
読者からの回答 エコノミスト:中野健一郎
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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:150への回答ありがとうございました。確かにセーフガードを申請するタオ
ル業界は情けないのですが、「・・・こうした日本経済の二重構造の中で、地方の経
済が投資の不足から停滞を余儀なくされている現実を前にしますと、地域間の経済格
差の解消という課題も無視すべきではないように思います。」という金井さんの指摘
は印象に残りました。
タオルの産地に行くと、きっと地元の純真無垢な老若男女のみなさんが懸命にタオ
ルを生産されているのだと思います。以前、60年代の東京を描いたドキュメンタ
リーの中で、六畳一間の部屋に9人で暮らす家族が紹介されていました。信じられな
いような住まいでしたが、部屋には新品のテレビと電気冷蔵庫がありました。セーフ
ガードを申請するタオル業界で働く人々は、テレビやビデオデッキや乗用車やその他
ブランド品なども、きっと所有されていることでしょう。
わたしは、タオル業界の人々はセーフガードの申請の前に所有するテレビやビデオ
を売れ、と言っているわけではありません。「都市部と地方の二重構造の経済」とい
う金井さんの指摘は正しいと思います。問題は、二極化した経済構造の中で、いまだ
にわたしたちは均一的な消費活動を続けているということです。生活保護を受け、電
話を止められている家庭の子どもが携帯電話代に月額一万円以上払っているという話
を聞いたことがあります。
高度成長以来、均一的な消費が経済格差を隠蔽してきた、という説もあるようです。
つまり、中卒の集団就職者も、学卒者と同じように車や電気製品や家具を買うことが
できたというわけです。
ハワイ沖の、訓練実習船と米潜水艦の衝突事故から二週間以上経過しました。悲劇
的で、許しがたい事故ですが、状況を客観的に考えると、9名の行方不明者が生存し
ている可能性はほぼゼロだとわたしは思います。それは、事故はアメリカ海軍の責任
であるとか、原因究明の徹底と調査結果の開示責任がアメリカにはあるとか、誠意あ
る賠償責任が求められるとか、人命の尊厳とか、未成年者が含まれていて非常に痛ま
しい事故であるとか、そういったこととは別に考えるべきことで、現在焦点の一つに
なっている、海底の船の引き上げという重要な問題を考えるときの前提となるもので
す。
ひょっとしたら9名の行方不明者は沈んでいる実習船の中で生存しているかも知れ
ない、と考えるのか。あるいは100パーセントその可能性はないと考えるのか。そ
れによって、引き上げのコストとベネフィットが違ってくるわけですが、そういった
論議は既成のマスメディアではタブーです。
現在のマスメディアの文脈では、加害者は「共同体全体の敵」として、ほとんどの
国民がその事件を忘れるまで、世間の「さらし者」にならなくてはいけません。被害
者とその家族は、国民的な一体感を保つために「共同体全体の犠牲者」として祭り上
げられます。祭り上げられ、そしてあっという間に忘れ去られます。祭り上げられて
いる間、たとえば殺人事件の被害者の葬儀の映像がニュースで取り上げられたりしま
す。どうして被害者の葬儀がニュースになるのでしょうか。どうして被害者の家族や
友人の涙を全国に紹介する必要があるのでしょうか。
わたしが幼い頃、炭鉱の爆発・落盤事故などがあると、ニュースでは「日本の復興
と経済成長のための犠牲」というニュアンスで報じられていたような記憶があります。
わたしは、子ども心に、この人たちは日本国の発展の犠牲となったのだ、と思いまし
た。事件や災害や事故の被害者は社会全体の犠牲者、という高度成長時のニュアンス
が現在に至るまで残っているのでしょうか。
今回の実習船事故の場合、行方不明者の生存の可能性について語ることは、たぶん
国民的一体感の阻害要因になるのかも知れません。たとえばニュースステーションや
ニュース23に、わたしがゲストコメンテーターとして出演した場合でも、行方不明
者9名の生存の可能性について言及するのを躊躇するだろうと思います。
テレビ局のスタジオは、
「生存の可能性はゼロに等しいのだから、今後は徹底した事故原因と、その責任の解
明と開示、そして残された家族への賠償についてアメリカ側に要求すべきだ」
というようなことを言えるような雰囲気ではありません。(余談ですが、わたしは、
誰かが、実習船の乗組員とその家族に、アメリカのメジャーな法律事務所を紹介すべ
きだと思います。損害賠償など、日本政府がアメリカとの今後の窓口になるのでしょ
うか。日本政府はアメリカ合衆国政府を相手に交渉などできません)
行方不明者がいまだに生存していることを信じている人は、アメリカ人、日本人を
問わずいないでしょう。しかし、そのことをマスメディアが報じることはタブーです。
そのことはいつまでタブーとして規制の対象となるのでしょうか。それは、ほとんど
の人がこの事件に飽きるまでです。
タブーを犯せばどうなるのでしょうか。テレビ局に抗議の電話が殺到し、
キャスターの降板を求める人々がデモでテレビ局を取り囲むでしょうか。わたしはシ
リアスな事態は何も起こらないと思います。わたしたちは、国民的な一体感を損ねる
と大変なことになるという「幻想」に支配されているような気がします。
わたしは、そういった幻想としての国民的な一体感を、セーフガードを申請したタ
オル業界も求めているような気がしてなりません。中国からの輸入を制限しないとタ
オル業界で働く人々とその家族が飢え死にしてしまうというわけではないでしょう。
もちろん問題はタオル業界だけではないと思います。リストラを苦にして自殺を考え
る中高年にしても、家族や本人が餓死寸前なわけではありません。国民的一体感の外
へはじき飛ばされるという不安と恐怖があるだけなのです。
高度成長以来、わたしたちはほとんどみんな同じものを欲しがってきました。昔そ
れは三種の神器と呼ばれました。やがて低成長時代になると「ちょっと贅沢な」とか
「ワンランク上の」といった微妙な差異を「均一的に」目指すようになります。国民
的一体感を求めようとして、同じようなライフスタイルを求め、均一的な消費を指向
し、その結果国民的一体感という幻想がさらに強化される、という不毛な循環が続く
ことになります。
国民的一体感という幻想が機能する限り、一部の損益はみんなでシェアされなけれ
ばならないという強迫観念が消えることはありません。幻想の支配によって、わたし
たちは、お互いに甘え合うという不健全な関係を続けるしかないのです。
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Q:151
金融の健全化がG7の蔵相・中央銀行総裁会議でも話題になり、ここへ来て日本政
府も、銀行に不良債権処理を積極的に促す姿勢を見せています。間接償却から直接償
却へという論議もその一つでしょう。全銀行の不良債権がどのくらいあるのか、わた
しには見当もつきませんが、本当に不良債権の抜本的な処理が実行された場合、どう
いったことが起こるのでしょうか。たとえば、失業率は上昇するのでしょうか。
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