図案チーズ染色整経ジャガード織機プリント加工画像処理

まず、えひめの織物について歴史を遡ってみますと、1200年前奈良朝聖武天皇の時代にアシギヌという絹織物が伊予国越智郡から献納されたといわれ、正倉院御物の中に現存しております。その後、8世紀の終り平安時代に三河国に漂着した外国船によって綿花の種子が持込まれ、西日本の温暖な国々(紀伊、阿波、讃岐、伊予、土佐、太宰府など)で栽培されるようになりました。そして、18世紀江戸時代に入り今治地方では白木綿(綿織物)が生産されるようになり、また、19世紀には松山の鍵屋カナによる伊予絣ができています。明治に入ると白木綿がしだいに衰退していった為、矢野七三郎氏が綿ネル技術を今治に導入し、明治19年綿ネル製織を開始しました。

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今治タオルの歴史は、明治27年に阿部平助氏が綿ネル機械を改造して、タオルの製造を開始したことから始まります。その後明治43年に麓常三郎氏によりタオルを同時に二列織る機械が考案され、大正元年には中村忠左衛門氏により大衆向けのタオルが開発されました。大正13年頃には愛媛県工業講習所(現愛媛県産業技術研究所繊維産業技術センター)の技師であった菅原氏の指導により、高級なジャカード織りの今治タオルが生産されるようになりました。

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昭和59年(1984年)頃からコンピュータ(画像処理システム、ダイレクトジャカード、電子ジャカード、エアジェット織機など)の導入により、生産額は急激に増大しました。現在の織機台数約3,500台(能力換算)、従業員数約2,500人、年間出荷額約400億円で、全国生産の60%以上を占め、質量共に日本一を誇っています。市内のタオルデザイナーが、バス・トイレだけではなく、様々な生活シーンで使用される「今治タオル」を開発しています。


ジャカード織機

プリント加工